「本を読む」ということ

僕は小さな頃、親や教師から「本を読みなさい」とよく言われていました。学校に図書室があったので、興味のありそうな本を手にとって捲ってみると、どうにも頭に入ってこない。国語の教科書のような文学物が多かったのが原因なのかもしれません。それから図書室に行くことはなくなりました。

同じような経験をして、本に対する苦手意識を持っている人も多いのではないでしょうか。なぜ本を読まないといけないのか。本を読むことで何を得られるのかを考えてみましょう。

一つには、語彙力が上がること。色々な人と会話をしていく中で、話し方や表現方法のバリエーションは必要になってきます。大人になっても小学生のような話し方や説明では、人間関係に問題が生じるのは間違いありません。

二つには、知識を得ることができます。生きていく上で知らなければならないことは、本が教えてくれます。教科書も本なのですから、「本を読みなさい」と言われる理由もよくわかります。

「本を読まなければいけない理由」があるとすれば、将来に必要な知識を得るためでしょうか。低いコストで良質な知識を得られるのなら、本とは素晴らしいものだと言えます。

つまり、「本を読むこと」は「勉強すること」と同じことなのではないでしょうか。そのため苦手意識を持ってしまい、本から離れていく人が多いのかもしれません。

僕も例外なく「読書嫌い」だったのですが、いつの頃からか読書家になりました。きっかけは「かまいたちの夜」というゲーム。原作は我孫子武丸氏が書き下ろした推理もののノベルゲームで、当時の子供から大人まで話題になったものです。

それから推理小説を読むようになり、本に対する苦手意識はなくなりました。一部の友人間では推理小説が流行り、小説の貸し借りもあったほどです。当時は「金田一少年の事件簿」や、「名探偵コナン」という推理漫画が流行ったのも影響していたのは間違いありません。

「推理小説を読んでもためにならないのでは」と疑問に思うかもしれませんが、そうでもありません。語彙力は上がりますし、言葉の表現方法も身につきます。推理小説なら「考える能力」も上がりますし、論理的な思考も身につくかもしれません。


「本を読みなさい」という大人たちは、「勉強をしなさい」という意味で言っているのかもしれませんが、苦手な本を読む必要はありません。面白そうな本ならなんだっていいのではないでしょうか。

推理小説でも同じ作家の本を読んでいると、エッセイだったり文学ものだったりと、ジャンルが違うものもあります。言葉の言い回しは似ているため、好きな作家の本なら非常に読みやすいですし、新しいことに興味を持ち始めます。

僕の場合ですが、推理小説を好んで読んでいたら、東野圭吾氏の小説にはまりました。推理ものもありますが、「白夜行」「秘密」などジャンルの違う本も執筆されています。ここからまた違うジャンルにも興味を持ち始め、いまでは歴史物からノンフィクション、ジャンル関係なく読むようになりました。気がつけば、過去に苦手意識を持っていた分厚いお堅い本も興味があれば読み漁っているぐらいです。

おかげさまで知識の幅も広がり、興味の幅も広がりました。簿記に興味を持って会計知識を身につけると会社では評価されますし、経営学を知って経営論が分かっていれば重役になることだってあるかもしれません。本で得た知識の影響で、僕は一時期、臨時として執行役員をしていたこともあります。

仕事面で役に立つだけではなく、趣味の幅も広がります。絵画に関する本を読んで絵を描き始めることもあれば、音楽に関する本を読んで楽器を始めてみたり、人生が豊かになることもあります。

僕は「本を読みなさい」とは言いませんが、「本は読んだ方がいいよ」ぐらいのことは言います。それは紙の本である必要はなく、ウェブサイトで活字を読んでもいいですし、電子書籍でもいいのです。

興味があったり、疑問に思ったことは調べて読んで、もっと深く知りたくなれば本を読む。人間は知識を積み重ねていく生き物ですし、知識を得ることは絶対に損になりません。福沢諭吉が「学問のすゝめ」で言いたかったことは、そういうことなのではないでしょうか。

苦手意識を持っている方も、興味がありそうな本を手にとって、1ページもいいので読んでほしい。そう思います。